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神戸地方裁判所 昭和33年(ヲ)232号 決定

申立人 沢田武重

相手方 近田宗一

主文

申立人の本件異議申立を棄却する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

申立代理人は『相手方が神戸地方裁判所昭和三十三年(ヨ)第五八号債権仮差押決定正本に基き昭和三十三年二月十九日申立人に対する強制執行として申立人の兵庫県に対する別紙表示の債権に付なした強制執行は之を許さない』旨の裁判を求め、その理由の要旨は、相手方は申立人を債務者として申立趣旨記載の仮差押決定正本に基き昭和三十三年二月十九日申立人の兵庫県に対する別紙表示の債権(以下本件債権と略称する)の仮差押執行をしたけれども、本件債権を含む申立人の兵庫県に対する報酬債権は申立人が兵庫県会議員として公務員たる身分による職務上の収入であつて民事訴訟法第六一八条第一項第五号に所謂官吏の職務上の収入に該当するものである。即ち同条所定の『官吏』とはかつて高等官及判任官を意味すると解せられたこともあるが現在においては法令により公務に従事する議員・委員その他の職員即ち広く公務員を指称すると解すべきものである。

従て本件債権は民事訴訟法第六一八条第二項第七四八条によりその支払期に受くべき金額の四分の一に限り差押うべく残額四分の三については同法第五七〇条第一項第六号により之を差押え得ないものである。ところで申立人が県会議員として兵庫県より毎月支払を受ける報酬は既に申立人の債権者片山産業株式会社がその支払期の四分の一の金額に付差押え取立命令により毎月取立てをなしているから残額たる四分の三は法律上差押を禁ぜられている物である。加之申立人は前記県会議員としての報酬を唯一の収入としてその家計を維持しているものであつて本件仮差押執行により申立人は収入の途を絶たれ家族は生活上途方にくれているものである。仍て本件仮差押執行は違法としてその排除を求めるため本申立に及ぶと謂うにある。

そして一件記録に依れば相手方が当裁判所昭和三十三年(ヨ)第五八号債権仮差押決定に基き申立人の兵庫県に対する県会議員としての報酬債権の内既に申立人に対する債権者片山産業株式会社が強制執行として差押並取立命令を得て毎月取立をなして各支払期の支給額の四分の一を控除したる残額四分の三に対し仮差押執行をなしたことが明である。

そこで先ず右仮差押の目的たる申立人の兵庫県に対する県会議員としての報酬請求権は民事訴訟法第六百十八条第一項第五号所定の官吏の職務上の収入に準ずべきものとして同条項に従いその差押を原則的に禁止せられ、唯同条第二項による右禁止緩和の限度において例外的に差押え得べきものであるから右所定限度を超えてなした本件仮差押執行を以て違法と謂うべきや否の点に付考えるのに、県議会は地方自治法に基き報酬及手当を受ける権利を有し兵庫県においては昭和二十七年三月三十一日県条例第五号を公布して同県会議員の受くべき報酬・手当の額及支給等に関し定めをしているのであつて、県会議員たる申立人の兵庫県に対する右報酬手当の支払請求権は対当な私人間の一般生活関係に基き生ずる債権とその地位性質を異にし、地方自治体の機関構成者たる資格において当該自治体に対して有する権利として公法上の権利と謂うべく、斯る公法上機関構成者たる地位に伴う報酬請求権たるの点より是を観れば国家公務員及地方公務員の国家又は地方団体に対する俸給請求権と同性質のものであることは疑ないけれども此の類似性から直ちにその差押禁止・制限に付右等公務員の報酬請求権(地方自治体に勤務する地方公務員即ち従前公吏と称せられた身分に該る者が民事訴訟法第六百十八条第一項第五号の適用を受けるものであることは判例法として既に確定したところと解せられる)に関する民事訴訟法第六百十八条第一項第五号の規定の類推適用又は準用を肯定し得るものとなすことはできない。何となれば国家公務員に関しては国家公務員法は第百一条によつて他の官職を兼ねることを原則的に禁止し特に兼職を許された場合においてもそれに対して給与を受けてはならないと定め、その第百三条は国家公務員に付、商業、工業、金融業その他営利を目的とする私企業を自ら営み又は之に関与することを原則として禁止し、更に同法第百四条は報酬を伴う限り営利企業以外の事業と雖も之に従事し若くは当該事業を目的とする団体の役員の職を兼ねることを一切禁止して居るのであり地方公務員に関しては、地方公務員法第三十五条は当該地方公共団体がなすべき責を有する職務にのみ従事すべきものと定め、第三十八条は任命権者の許可を受けた場合を例外として一般的に営利を目的とする会社等の役員等の地位を兼ね、若くは自ら営利事業を営むことを禁止しているのであつて此等の法律規定によれば国家・地方公務員については報酬の有無を離れて元来兼職自体が一般原則的に禁止せられ更に例外的に兼職の許されている場合にもそれに伴い報酬を受けることは殆ど絶対的に之を禁止し、殊に国家公務員については罰則を以て右禁止を強行的に保障している(国家公務員法第百九条第十三号)に考えれば法律は当該公務員はその生存生計の維持家族の扶養の物質的基礎は専らその特定の公の機関構成者たる地位に伴う報酬にのみ之を求むべきものとしていると謂うべきであるが公の機関の正常な運営維持はもとより公共的利益に至大の関係を有し、むしろそれ自体一の公共の利益と謂うべきであり、加之も機関の機能は当該機関を構成する個々の具体的自然人の人格能力を離れては実現し得ないものであるから機関構成者たるべき自然人の生活確保が要請せられるのは必然の勢であつて、一方において厳重に兼職による収入の増加を禁止する反面として、民事上の強制執行手続においては民事訴訟法第六百十八条第一項第五号の規定を設け当該機関構成者たる自然人の一般市民生活関係にもその考慮を及ぼし本来対等なる私人間の債権関係にも干渉し、債権の効力として債権者の有すべき経済的優越性をその満足の手続過程において一定限度に制限しその範囲において債権者の損失犠性を忍受せしめて債務者の利益を保護せんとした点に民事訴訟法第六百十八条第一項第五号の趣旨の合理的根拠を求むべきところ、翻つて是を地方自治体等の議員に付観察すると、地方自治法は議員の兼職に付、その第九十二条は普通地方公共団体の議会の議員の衆、参議員並地方公共団体の議会の議員及常勤の議員との兼職を禁止し、第九十二条ノ二は『普通地方公共団体の議会の議員は当該普通公共団体に対し請負をし、若くは当該普通地方公共団体において経費を負担する事業に付その団体の長、委員会若くはこれらの委任を受けた者に対し請負をする者、及びその支配人又は主として同一の行為をする法人の無限責任社員、取締役若くはこれらに準ずべき者、支配人及び清算人たることができない』と定め、右以外には規定するところはないのであるが、右第九十二条は専ら時間的及場所的に人格的活動能力の点より議員たるの職務の遂行自体を確保せんとするにあつて、議員たるものの兼職による経済的利益の取得の当否の如きはその関知するところではないと解せられるし、又同法第九十二条の二の規定の趣旨は、従来の例に照らし、公共土木事業の施行を廻り、醜聞を云為される場合亦必ずしも稀でなかつたのに鑑み、特に当該公共団体を一方当事者とする請負契約に限り之に関与することを排除し以て議員の職務遂行における廉潔公正を維持確保せんとするにあるものと解すべきであつて、前示公務員に対する法律の態度と同様、議員たる者はその生活維持の資を専ら議員たる報酬にのみ依拠すべきものと定め報酬を伴うべき他の職の兼併は一般的且厳格に禁止せんとするものとは解せられず報酬を伴う兼職は一般的には各自の判断に放任するの態度をとつたものと謂い得るから議員の報酬を以て前記公務員の俸給と同様の性質を有し又、法律上同様の意義を有するものとなし之に民事訴訟法第六百十八条第一項第五号を拡張適用又は類推適用若くは準用をなすべき理由はないものと謂うべきである。

次に申立人は国税徴収法第十六条第二項に基き他の公課その他一般私法上の債権に優先すべき国税徴収権に関して、その滞納処分による納税義務者の俸給、給料、賃金、歳費、年金、恩給、賞与並此等の性質を有する給与等請求権の差押を支払期の支給額の四分の一の範囲に限定していることを援用し、申立人の前記議員としての報酬請求権に対する本件仮差押執行の違法の理由と主張するから按ずるに、国の国民に対する租税の賦課徴収は優越的国家権力の主体として被治者たる国民に対し右権力の行使として行うものであつて此の点に関する国家と国民との関係は一般市民生活圏において本来対等なる二人格間に形成される法律関係とは全く性質、態容を異にするから国の徴税権の作用は通常租税債権と呼称されることがあつても一般私法上の債権とはその発生の原因、行使の原理を異にすることは謂うまでもない。そうして個々の国民に対し優越せる権力主体たる国家がその権力行使をなすに当ては常に国家目的及一般公共の利益の実現を意図するに止らず、各具体的場合に付当該権力行使の直接相手方たる個々の国民の生活の維持安全の確保をも所期すべきものたることは国家の存在目的、国家理念に照らし明であつて、国家権力はその優越性の故に本質的に自己抑制の契機を内包し、いはゞ自己謙抑的行使原理を内在せしめていると謂うべきであつて、申立人援用の条規の如きも右原理の適用を国税徴収に付宣明したものと解すべく之を平等なる地位において対立する市民生活関係上の二当事者間の利害調節を目的として設定せられた民事訴訟法第六百十八条等一般私法々規と同一趣旨となすことを得ない。従て前記国税徴収法の規定はその趣意を汲み民事訴訟法規の適用の有無を決すべき根拠として援用し得べき共通の地盤を有するものでないから申立人の右主張も理由がない。

仍て申立人の本件申立は理由なきものとして棄却すべく本件手続費用の負担に付民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り決定する。

(裁判官 日野達蔵)

目録

一、債務者(本件異議申立人・以下同様)が第三債務者兵庫県(代表者知事阪本勝)より毎月支給を受ける兵庫県会議員としての報酬の昭和三十三年二月分より以降の分にして、すでに他の債権者片山産業株式会社より差押の上取立命令によつて毎月取立てられている金額を控除した残額

二、債務者が第三債務者より兵庫県会議員として昭和三十三年六月に報酬月額の百分の三十、昭和三十三年十二月に報酬月額の百分の百三十の割合によつて各支払を受ける期末手当の債権

三、前記第一、二項に表示する債権を合して前記債権者が債務者に対して有する債権の額に満つるまで。

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